種に学ぶ自然環境
1 種の旅の行き着く先は?
自分の力で住む場所を移動できない植物は、「種(タネ)または種子」という分身によって移動します。分身である種子の形は様々です。そして、種子が運ばれる方法も異なっていました。綿毛を使い、風に乗ってふわふわと遠くへ運ばれる種子、グライダーやヘリコプターのように飛んでいく種子、動物の体にくっついたり、水の流れにまかせて遠くに運ばれたりしていく種子などがありました。おもしろいことに、種子の形は種子が運ばれる方法に最も適した形をしていることも学習しました。
遠くへ運ばれた種子は、やがて芽を出し成長をはじめます。しかし、運ばれた種子のすべてが成長するわけではありません。成長するためには、その土地の気候や土壌の栄養分、既に周辺で成長をしているほかの植物と調和しながら、それぞれの植物の成長に適した条件が整っている地でのみ育っていきます。
種子は自然の仕組みの中で旅を続け、きちんと育つ場所で成長し、子孫へ命を繋いでいるわけです。
さて、このように自分の生息条件に合う地で、たくさんの種類の植物と一緒に生息している植物群は、自然界の中でたいへん大切な役割を持っています。
森林を例にとって考えてみましょう。
種子の旅の方法には、小鳥や動物の餌となって運ばれるものがありました。小鳥や動物から見れば、森林の植物の種子や果実は、小鳥や動物が生きていくための大切な食料です。森林は、たくさんの動物が生活する大切な場所を提供しているわけです。そしてその動物たちの糞や死骸は、土壌の微生物や土壌生物により分解され、植物が成長するための大切な栄養源となっています。
植物の葉っぱや枝はどうでしょう。落葉や落枝も土の上に落ちると微生物や土壌生物で分解されます。これも植物が成長するための栄養になりますが、たくさんの落葉や落枝、土壌生物たちと一緒に森林の表面をスポンジのように覆います。雨が降ると、このスポンジは雨水をすみやかに土壌の中へ浸透させます。更に森の木々とともに、たっぷりの水を蓄える力がありますので、ゆっくりと川へ水を送り込みます。地中にしみ込んだ水は、土や砂、岩石の間をとおって濾過され、きれいな水になります。またその間に自然のミネラルがとけ込み、私たちにおいしい水を提供してくれます。
森林は、山の浸食を防ぎ、たくさんの水を蓄える天然のダムなのです。
ところで、ここで何か不思議なことに気がつきませんか。
雨や風により植物の種子が運ばれます。遠く旅をした種子は太陽の光を浴び、水と土壌の栄養と二酸化炭素で成長していきます。成長した植物のおかげで、そこに住む動物たちも生きていく環境をもらいます。また土砂崩れや風雨による浸食も防いでいます。
この仕組みの中に、人間が入っていませんね。
それでは、人間の生活と森林との関わりを考えてみましょう。
人間が生きていくためには森林の木材が必要です。さらに、野菜や米などの食料、家を建てるための木、新聞やトイレットペーパなどの紙も必要です。人間は、豊かな生活をするためにたくさんの水や食料を求めます。野菜や穀物をたくさん手に入れるためには、土地を開墾し農業をします。家をつくる木をたくさん取るため、山に昔から生えている広葉樹をはじめとする植物を一度全部刈り取り、杉や檜(ひのき)の針葉樹をたくさん植えました。
2 外来種による世界規模の生物の均質化
人間は、それまで住み続けていた植物の群れに、新しい植物の種子を運んできました。新しい植物がその地の環境に合った時、それまで住み続けていた植物を追いやってしまうこともあったのです。
環境問題の一つが生物学的侵入です。それは、本来その土地に生育していなかった生物が、人による意識的な導入あるいは偶発的な移入によって野生化してしまった状態です。そのような生物を侵入生物といいます。地球上には地域ごとにその気候条件、地理的条件、地史などに応じ、相互に影響をおよぼし合いながら共に進化した多数の生物によって、特有の生物相が形成されています。そのため、その土地ごとに生息する動・植物が異なり、景色が変わり、人の生活も変わります。
ところが、現在ではどこでも見られる生物が増えています。生物相が地球規模で均質化しつつあるのです。それは、人為的な生物学的侵入が広範囲に起きている結果を表します。人間活動によって、生物本来の移動・分散能力をはるかに超えた移動が日常化しているのです。
例えば、ホテイアオイは熱帯アメリカ原産の水草ですが、現在では熱帯から温帯にかけて広い分布を持っています。一方、アメリカ大陸では「クァズ」と呼ばれるクズをはじめ、スイカズラやネムノキなど多数の日本の植物がアメリカに帰化しています。また、日本特産のワカメがフランスやニュージーランド,オーストラリアに侵入しています。
自然の中できちんと生活を続けてきた植物たちの環境は、人間の手により大きく変化しました。日本のあちこちで植物の生息環境が大きく変化し、このことは人間の生活にも大きな変化をもたらしました。水が少なくなる、山の土砂崩れが起きる、食べ物がなくなった動物が人間の住む町に現れ、人に危害を及ぼすといったような事例です。
3 熱帯雨林を守ろう
大規模な自然破壊の例が、熱帯雨林です。熱帯雨林とは、気温が高くて雨のよく降る地域にある森林のことをいい、アジア、アフリカ、オーストラリア、中米、南米にあります。一番大きな熱帯雨林は南米のアマゾンです。中には、未だ人間が立ち入ったことがない土地もあります。
森林が人間や動物にとって大切な役割をもっていることを紹介しました。また、その森林を壊しているのは人間であることを紹介しました。熱帯雨林は日本の森林と異なり、世界の森林面積のおよそ半分、植物体現存量や有機物生産量では60%前後を占める巨大な自然です。熱帯雨林を壊すことによる問題は、地球全体の環境問題となっています。
熱帯雨林の面積は、非常な勢いで減りつつあります。1年に1%ずつ減少しているともいわれています。2004年には四国の面積の約1.5倍の森林が破壊されたという報告もあります。かつて地表の14%を覆っていたとされる熱帯雨林が現在は6%まで減少しました。
熱帯雨林が破壊されると、そこに生息する野生生物も減少します。生息する数が少ない希少野生動植物は絶滅してしまいます。水を蓄える能力も衰え、地球上の熱を蓄える能力も変化することにより、現在の海と陸の自然システムのバランスが壊れます。このことは、地球上の生物の生息環境の変化や気候のメカニズムの変化にもつながることになります。
森林には、もう一つ人類にとって大切な機能があります。
人類は石油や石炭などの化石燃料を使って、たくさんの二酸化炭素を大気中に放出しました。この二酸化炭素には、温室効果という大気中の温度を暖める機能があります。大気中の温度が上昇することにより、地球上の気候が大きく変動します。例えば、巨大なモンスーンが発生したり、集中豪雨や異常乾燥などが生じたりして大きな被害を引き起こします。
植物は、この二酸化炭素を吸収し酸素を排出します。熱帯雨林は、地球上の大切な二酸化炭素吸収源であり酸素発生源でもあります。熱帯雨林の消失は、地球上の大切な機能の一つを低下させることにもなるのです。
また、ブラジルの学者の計算では、アマゾンの大樹海に降る雨の半分は、森林から蒸発した水だそうです。森林がなくなれば木が蓄える水がなくなり、河川が氾濫しやすくなります。森林がなくなって畑地になり、さらに裸の地面が露出すると地中からの水分の蒸発が減り、地表は熱く熱せられます。
では、なぜ熱帯雨林が消失しているのでしょう。
その原因は、はじめに紹介したことと同様に、人間にありました。
豊かな国は、豊かな生活を維持するためにたくさんの木材を求めます。熱帯雨林の木材は、豊かな国へと運ばれています。またたくさんの食料も求めます。熱帯雨林を伐採し、道路をつくり、広い農地や家畜の放牧地をつくります。ブルドーザーとトラックにより、もとの原生林は見る影もなく荒れ、伐採の対象にならなかった木も損傷しています。
それだけでなく、熱帯雨林の土地に埋もれている鉱物資源を開発するために森林を伐採することもあります。ブラジルの森林開拓では、大面積の森林を焼いて草地に変え、牛の大群を放牧しています。1家族あたりの森林破壊面積の大きさは、とても焼畑耕作の比ではありません。マレーシアでは連邦開発公社が大規模な集団農地を造成し、数千ヘクタールの森林が一挙に焼かれ、数年のうちにアブラヤシ園やゴム園に代わります。
一方で熱帯雨林は、貧しい国々に広く分布しています。それらの国々では、多くの人々が昔ながらの焼畑農法で暮らしています。このような先進国と開発途上国の貧富の格差が、熱帯雨林の減少に更に拍車をかけているのです。
遺伝子資源の保全からしても、熱帯雨林の消失により、後20年で50-200万種の生物が絶滅するだろうと指摘されています。今の熱帯林破壊による種(シュ)の絶滅速度は、新しい種(シュ)が誕生する速度の100万倍に相当します。熱帯林の豊富な生物相を保全することは、おそらく地球生物界の未来の進化の保障につながるでしょう。栽培植物や有用動物の新しい型の開発にも、この巨大な遺伝子プールは保存しなければいけません。熱帯の樹木には特殊な成分が多く、それによって動物の食害を化学的に防衛しているといわれますが、その中には人間にとって有用なものが少なくありません。
しかし、その探索はようやく始まろうとしているところです。
これまで見てきたように、私たちの身近にある環境問題は、ほとんどが人間の手により引き起こされてきました。
では、なぜ人間は環境問題を引き起こすのでしょう。
その答えは、熱帯雨林の減少の中で教えられました。
豊かすぎる生活と貧しすぎる生活、この格差が熱帯雨林の減少を進めていました。その背景には、経済問題や戦争などの社会紛争があります。人類が抱える課題そのものが環境問題に関連していることがわかると思います。
では、私たちは今どのようにこの環境問題に立ち向かえばよいのでしょう。
その答えも、植物が教えてくれていると思いませんか?
種子の旅から始まり、環境を守り永続的な循環型社会を築く旅へと、皆さんと一緒に考えながら歩んでいきませんか。